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大阪地方裁判所 昭和24年(行)148号 判決

原告 川上孝助 外一名

被告 茨木市春日地区農業委員会

主文

一、茨木市春日地区農地委員会が昭和二四年九月五日別紙物件表記載の物件中2、3の物件(中小路治平、馬場留吉の買収申請にかかるもの)についてした買収計画を取消す。

二、原告川上孝助のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用を三分し、その一を原告川上孝助、その二を被告の各負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「茨木市春日地区農地委員会が昭和二四年九月五日別紙物件表記載の物件についてした買収計画を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

「一、別紙物件表記載の物件は同表関係原告欄記載の原告の各所有するところであつたが、茨木市春日地区農地委員会(被告委員会)は昭和二四年九月五日右各土地につき、自作農創設特別措置法(自作法)第一五条に基き、同表買収申請人欄記載の人達よりの買収申請を認容したものとして、同対価欄記載の買収対価を以てする宅地買収計画を決定した。そこで原告等は同月二四日同委員会に対し異議の申立をしたところ、同委員会は同月三〇日異議却下の決定をし、同年一〇月一四日その旨原告等に通達した。原告等は更に同月二四日裁決庁である大阪府農地委員会に対し訴願をしたが、同委員会においては同年一二月一日右訴願を棄却する旨の裁決をし同月六日原告等にその旨を通達した。

二、しかしながら右地区農地委員会のした宅地買収計画は次の諸点において違法である。

(一)  右買収計画の目的となつた宅地については、右地区農地委員会において、既に同年四月二四日他の宅地と共にその買収計画を決定したのであるが、同委員会は原告等からの異議の申立を容れて同年五月二七日右買収計画を取消したものである。

然るに同一宅地について僅か三ケ月余を経過したにすぎない同年九月五日に至つて再びその買収計画が定められたので、原告等はこれに対し異議を申立て、その異議が却下せられたことは前記の通りであるが、右地区農地委員会が異議却下の理由として示したところは、上級委員会である大阪府農地委員会が実地に調査した結果、地区委員会のさきの決定は誤りであるとの指示があつたので、改めて買収することに決定したというのである。しかし原告等は右の経緯につき解し難い多くの疑問がある。

(1)  上級委員会である大阪府農地委員会の指示とは如何なる法的根拠を持つものであるか。地区農地委員会の立てた買収計画に対する不服申立の方法としては異議、訴願の方法が設けられているが、これ以外にはその決定を変更せしむべき方法はない筈である。本件宅地に対する右地区農地委員会が当初に立てた買収計画は、原告等の異議によつてこれを取消すことに決定せられ、右決定に対しては何人からも訴願の申立はなく、従つて右決定は確定したものである。右地区農地委員会は上級委員会である大阪府農地委員会の指示があつたので、一旦決定した買収除外の決定を変更して更に買収を決定したというのであるが、上級委員会の指示とは如何なる法律的根拠より認められるものであるか、原告等はこれを解するに苦しむものである。上級委員会に下級委員会の決定を自由に変更させる権限があるというのであれば、異議訴願に関する規定の如きは全く無用の規定である。上級委員会の恣意によつて買収計画が自由に変更せられるが如きことは、各官庁がその責任を分ち、国務を遂行する行政組織の根本を覆す結果となる。

原告等は上級委員会にかかる強大な権限があることは認めない。従つて右地区農地委員会が上級委員会の指示に従つて、一旦買収除外を決定した宅地について更に買収を決定したのは、法律的な措置を誤つたものと主張する。

(2)  右地区農地委員会は昭和二四年五月二七日本件宅地を買収計画から除外する旨の決定をしたが、右決定に対しては不服がある者から訴願の申立がなかつたので、法定期間の満了によつて確定したものであることは前叙の通りである、一旦確定した土地については新たな事情の生じない限り再び買収計画を立つべきものではない。然るに右除外決定の後僅かに三ケ月余、新たな事情が発生したと見るべき何等の事由もないのに更に買収計画を立てたのは失当である。

(3)  仮りに買収計画を立てることは市町村農地委員会の自由に為し得るところであるとしても、宅地の買収計画は買収申請人の申請を前提とし、その申請を相当と認めたとき買収を決定すべきものであることは自作法第一五条の定めるところである。市町村農地委員会が買収申請に対し、買収しない旨の決定をすればその申請はこれによつて効力を失つたものである。本件宅地については、右地区農地委員会の昭和二四年五月二七日の買収除外の決定によつて申請は却下せられたものであるが、該土地につき再び申請のあつた事実はないのに更に買収計画を決定したのは、前提要件である買収申請人の申請を欠いだ無効のものといわなければならない。

(二)  宅地の買収を申請し得べき者は当該宅地について賃貸借使用貸借による権利若しくは地上権を有する者でなければならないことは自作法第一五条の定めるところである。然るに本件宅地の買収申請人である川畠宇之松、中小路治平及び馬場留吉はいずれも借地権を喪失し、当該宅地につき何等の権利をも有しない者である。即ち右買収申請人等は右各宅地の所有者である原告等から各宅地を賃借し該地上に建物を所有していたものであるが、同人等は昭和二三年秋頃他の宅地賃借人と提携して地代不払同盟を結び、共同戦線を張つて宅地所有者に対抗し、地代支払の意思のないことを表明し、地代は毎年末支払の約定であつたが、昭和二三年一月分以降の地代を支払わず、賃借人としての義務を履行しないので、賃貸人たる原告等は昭和二四年五月三〇日附書面を以て各賃借人に対し、右債務不履行を原因として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該書面は翌三一日各賃借人に到達したので、本件各宅地に対する賃貸借は同日いずれも消滅したものである。

(三)  また自作法第一五条による買収の対象となる宅地は、同法第三条によつて買収せられた農地に附随し、主としてその農地の用に供せられるものでなければならない。自作法は農地兼併の宿弊を是正し、農地を広く小作人に解放してこれを自立せしめるため制定せられた劃期的立法で、同法の買収の主要目的たるものは農地であることは同法第三条以下においてその手続を詳細に規定していることによつて明かである。同法第一五条には農業用施設その他の買収規定を設けているが、その対象たるものは第三条以下の買収手続によつて買収せられた農地に附随して主としてその用に供せられるものに限るべきものである。自作農がその借地権に基いて使用する宅地は、その住家の敷地なると、工場或いは借家の敷地なると、ことごとく買収の対象となり得るものと解するが如きは、法の精神を解せず、その目的範囲を逸脱した不当な見解である。

いま本件についてこれを見るのに、本件買収計画の対象とせられた宅地のうち、川畠宇之松の借地は、同人においてこれとその北方において接続する土地一筆(別件昭和二四年(行)第一一五号事件の対象物件)と共に自己居住家屋の敷地として使用して来たものであるが、本件宅地上に建築した建物は山脇嘉一に賃貸しているので、現在は川畠宇之松所有の借家の敷地として使用せられているものであり、中小路治平の借地は同人は右土地にその西方及び南方において接続する自己所有の宅地上に住家を有していて、本件土地はこれを同人経営の精米精麦、製粉事業の用に供している建物の敷地として使用中のものであり、また馬場留吉の借地は、これまた同人がその住家用建物の敷地としている土地三筆(別件昭和二四年(行)第一一五号事件の対象物件)に隣接し、同人が元緒繩の製造工場として建築し、その後二戸の借家に改造した建物(登記簿上は依然木造亜鉛鋼板葺平家建工場となつている)の敷地であつて、いずれも右買収申請人等の解放農地(別紙買収申請人解放農地表記載の通り)に附随し従属するの関係はないのであり、また自作法第一五条により買収される宅地は耕作者がその農業用施設に使用する宅地でなければならないのに、本件各宅地は右のような建物の敷地として使用せられているのであるから、右目的のため使用している宅地ともいうことはできないのであつて、右いずれの意味からしても本件買収計画はその対象とすることのできないものを対象とした違法のものといわなければならない。

(四)  宅地の買収を申請する者は自作法第一五条の趣旨に照し耕作に精進する者でなければならない。然るに本件宅地の買収申請人はいずれも左の理由によつて耕作に精進する者とはいい難く、買収を申請し得べき適格者ではない。

(1)  原告川上孝助所有の別紙物件表1の宅地の買収申請人川畠宇之松は耕作に精進する純農ではない。即ち同人は年中竹籠の行商をしている商人であり、同人長男一男は京阪神急行電鉄の線路工夫として、人夫請負業由上組こと由上元次の手を経て正雀保線区で働いている者で、給料生活者である。川畠宇之松に対する昭和二三年度の第二種事業税が八六四円なるに比し、第一種事業税が二、五一八円である事実は川畠一家が明かに専業農家でないことを示すものである。川畠方は耕作面積約五反八畝となつているが、その耕作は川畠父子においては殆んどこれをせず、本件宅地上の貸家の居住者山脇嘉一夫婦にこれをさせているもので、山脇夫婦が農耕に長じ、殊に田植については特殊の技能を有することは衆知の事実である。かかる変態農家は耕作に精進する者として宅地の買収を申請し得べき資格はない。農地法が自作農創設のため宅地の買収を認めた趣旨に照し、これに便乗してその恩恵を受けんとする者の如きは断乎として排斥せられるべきである。

(2)  原告川上孝助所有の別紙物件表2の宅地の買収申請人中小路治平は昭和六年頃から精米、精麦、製粉を営業としている者で、現在茨木製粉精米営業組合の組合員である。耕作は飯米獲得の手段にすぎない。同人に対する昭和二三年度の第二種事業税が八〇〇円なるに比し、第一種事業税が一一、五二〇円であることは同人の本業が何であるかを明かに示すものである。

(3)  原告堂島一哉所有の別紙物件表3の宅地の買収申請人馬場留吉は陸上運送業を本業とする者である。同人は荷物自動車一台、馬力一台、従業員四名を使い、茨木三六〇番の電話を使用して陸上運送業を盛大にやつているもので、現在茨木市の陸上運送業の班長であり、月収二五万円を下らないといわれている。昭和二三年度の事業税は、第二種は五九八円で第一種は三、四五〇円となつており、運送業者としての第一種事業税は比較的少いのであるが、これは同人が表向、馬力運送業のみを営業としているようにして、荷物自動車による運送業を隠蔽しているためである。同人は巧みにその所有自動車を公用名義として自己の運搬業に使用することを偽装して来た。即ちその運搬業に使用している豊田式大型貨物自動車は自己の所有であるが、これを大阪府農業会三島支部名義(第六五八六号)を以て使用届をなし、同農業会が解散となるや、昭和二三年八月一三日附を以て茨木市役所農務課の使用名義(第一六五八号)としていたが、該自動車を農業会或いは市役所農務課の公用に使用するのは月のうち数回にすぎず殆んど自己の運送業に使用していたもので、この自動車を以て京都市から屎尿を運搬し、春日地区で売捌いていたことを見ても事実は明白である。同人はその弟馬場実が運転手として農業会或いは農務課に勤めており、時々これに同乗して人夫として働いていたものにすぎないと弁明しているが、馬場実は昭和二四年三月中頃運転手の免許状を取得したので、兄の貨物自動車を運転するようになつたが、それまでは田村高一を運転手として一ケ月一万円の給料で雇入れ、運転に従事させていたもので、その営業を実名義にしたのは脱税事件として告発された後のことである。馬場留吉がその非を覆わんとして悪質な工作をしていることは公知の事実であるに拘らず、これに目を蔽わんとする春日地区委員会の態度に不明朗な疑惑が存するのである。同人を農耕に精進する者とするが如きは何人が見てもその誤りであることは明かである。

(五)  宅地買収の対価は時価を参酌して定むべきことは自作法第一五条の規定するところである。然るに春日地区農地委員会が本件買収の対価として定めたところは、一律に賃貸価格の六五倍に当る一坪一六円九〇銭にすぎず、時価を参酌して定むべきものとした右法条に違反した違法の措置である。右決定は自作法施行令第一一条及び昭和二二年農林省告示第七一号によつたものであらうが、右施行令第一一条の規定中宅地買収の対価に関する事項は、自作法第一五条を命令を以て変更せんとするものであるから憲法に違反し無効のものといわなければならないのみならず、仮りに右農林省告示に定めた対価基準は、中央農地委員会がこれを定めた当時は時価を参酌した適当なものであつたにしても、その後のインフレの昂進による物価の騰貴は貨幣価値を数十分の一ないし数百分の一に下落せしめたため、これを本件買収当時の基準とすることは許されないことである。本件土地の時価は一坪七〇〇円を下らないものであるから、買収対価を決定するには少くともこの価格に近い金額を以てするを要するのに、これ一坪一六円九〇銭に定めた本件買収計画は明かに違法である。

三、以上の理由により茨木市春日地区農地委員会が別紙物件表記載の宅地について、昭和二四年九月五日に立てた買収計画の取消を求めたく本訴に及んだものである。」

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

「一、原告等が請求原因の第一項として本件買収の手続等について主張する事実は全部これを認める。

二、本件宅地の買収申請人のうち、(1)別紙物件表1の宅地の買収申請人川畠宇之松は右宅地を四十数年前から賃借しているもので、同人の耕作反別は六反四畝七歩、うち今次の農地改革により売渡を受けたものは別紙買収申請人解放農地表記載の通り三筆で合計二反六畝二四歩であり、(2)、2の宅地の買収申請人中小路治平は同宅地を二十数年前から賃借、その耕作反別は一町九畝で、うち別表の通り八筆合計九反二〇歩の解放を受け、(3)、3の宅地の買収申請人馬場留吉もこの宅地を四十数年前から賃借、その全耕作反別は八反三畝六歩で、うち別表の八筆合計七反七畝一歩の解放を受けたものであつて、春日地区農地委員会は右各申請人の申請を相当と認めて本件宅地の買収計画を立てたもので、右買収計画には何等の違法もない。

(一)  春日地区農地委員会が本件宅地につき昭和二四年四月二四日買収計画を立て、原告等からの異議の申立があつて一旦これを取消し、その後また買収することとなり本件買収計画となつたものであることはこれを認める。本件買収計画は当初の計画取消の後、大阪府農地委員会において買収申請人の申出によつて実地調査の結果、買収すべきものであるとの見解の下に、右地区農地委員会に指示があつたので同委員会は研究を重ねた結果買収が相当であるとの結論に達して本件計画となつたものである。

府農地委員会は地区農地委員会に対して買収すべしという強制のできないことは勿論であるが、上級庁として下級庁に指示して反省を求めることは自由である。この指示に下級庁が拘束されることはなく、地区委員会は自由の立場で決定すればよいのであるが、既に決議したことは、誤解または調査未熟等のため、更めてこれとは反対の決議をすることは何等差支えのないことである。

一度買収申請があつて地区委員会が買収を決定したが、その後これを取消したから、この買収申請は効力を失うということはあり得ない。買収申請人は依然買収を希望しているもので、本件でも地区委員会が買収を一度取消したので、府農地委員会に陳情して同委員会の実地調査となり右は買収すべきものであるとの意見であつたので、地区委員会は更に調査審議を重ねた上本件の買収計画となつたものであり、買収申請人は依然として買受希望を継続していたもので、買収申請がなかつたというべきものではない。

(二)  本件買収申請人等はいずれも本件宅地につき賃借権を有するものであること前記の通りである。

賃料は当初は物納であつたが、物納が禁じられてから一坪七銭の割合で納めていたが、これを原告等の要求で一〇銭に値上げをした。この際一〇銭では高すぎるということであつたが、後日値上げが法律で許されるときに、その値上げの率をこの一〇銭を基準とすることなく、双方協定の上で定めるとの約束の下に一〇銭を承諾したものである。

二三年度分については一坪五〇銭に値上げせよという地主側の申出があつたが、その協議をしている間に宅地の買収が行われたので、二三年度分の地料はその額が決定を見ないで今日に及んでいるものである。これはこの地方全体同一である。

買収申請人等は何も賃料不払の同盟を結んだのでもなく賃料支払の意思がないのでもない。現に従前の通りの賃料は一度持参したのであるが、右のように賃料額が定まらなかつたので地主が受領を拒んだものであつて原告等の主張する契約解除は適法にできていないものである。

(三)  原告等は自作法第一五条により買収する宅地は解放農地に附随し従属するものに限るとか、少くとも耕作者がその農業用施設に使用する宅地でなければならないと主張するが、宅地の買収は農家が安心して農業経営に専念できるようにするためにするもので、農業用施設の買収とは異るものである。

(1)  川畠宇之松の買収申請に係る宅地上にある物置の一部、僅か六畳の室に山脇嘉一が居住していることは事実であるが、同人は宇之松の娘婿で家賃を取つて賃貸しているものではない。また物置の一部にすぎない。

(2)  中小路治平の賃借していた別紙物件表2の宅地は、同人の居宅の一部の敷地ともなつており、また物置が建設せられている。そしてその物置の一部約八坪位に精米の機械を据付け、同人が精米をやつていることは事実であるが、これは農閑期を利用し副業としてやつているにすぎないものであり、また右物置の二階には藁または藁製品をおいて農業用に使用しているものである。

(3)  馬場留吉の買収申請に係る宅地上にある物置の一部に同人の弟馬場実が居住しているが、これは一家の家族の居住に困るので物置の一部を改造したもので、勿論家賃を取つて賃貸しているものではない。

(四)  また原告等は本件買収申請人が適格者でないというが、

(1)  川畠宇之松が農閑期には収入を得るため竹籠の行商をし、長男一男は臨時人夫として働きに行くことのあるのは事実である。

しかし同人家は水田六反四畝七歩を耕作しているもので農業に精進する者というべきである。農家でも今日の経済界下では農業の外に現金の収入を計らなければならないので、農閑期に他の労働をすることは当然のことで、このために専業農家でないということはいえない。

山脇嘉一は前記の通り宇之松の娘婿で、本件地上の物置の一部に居住し、他に仕事もないので宇之松の手伝をしているものである。

(2)  中小路治平が精米をやつていることも前記の通りであるが、これも農閑期を利用してやつているもので、同人は水田一町九畝を耕作しているので農業が主であることは勿論である。

(3)  馬場留吉が農業のかたわら運送業をやつていたことも事実であるが、同人は昭和二四年六月運送業を廃止し、目下は農業に専念しているものである。

(五)  原告等はまた買収対価の不当を主張しているが、これは対価の増額を請求すればよいので、買収計画それ自体の取消原因ではない。」

(証拠省略)

理由

一、別紙物件表記載の物件(本件宅地)は同表関係原告欄記載の各原告の所有であつたが、茨木市春日地区農地委員会(被告委員会)は昭和二四年九月五日右各土地につき、同表買収申請人欄記載の人達よりの買収申請を認容したものとして、自作法第一五条による宅地買収計画を立てたこと、これに対し原告等は同月二四日同委員会に異議の申立をしたが、同月三〇日これを却下せられ、更に同年一〇月二四日大阪府農地委員会に訴願をしたが、これまた同年一二月一日棄却せられ、その旨同月六日原告等に通達せられたことは当事者間に争いがない。

二、ところで本件宅地については右よりさき、同年四月二四日被告委員会において買収計画を定めたが、原告等の異議申立によつて同年五月二七日その買収計画を取消し、その後大阪府農地委員会の指示があつたので同年九月五日再び買収計画を定めたものであることは当事者間に争がない。しかし、市町村農地委員会が、異議申立によつて、一たん買収計画を取消したとしても、その後再考の末、再び買収計画を定めることはそのことだけで、後の買収計画を違法とすべきものとは考えられない。そして、被告委員会の右再度の買収計画が大阪府農地委員会の指示によつた点についてもその指示については別に法律上の根拠がないといわねばならないから単なる事実上の行為とみるほかなく、こういう指示が被告委員会の買収計画を定める機縁となつたとしても、そのことで買収計画が違法となるものでもない。また、宅地の買収計画を定めるについて要する買収の申請についても、さきの買収計画について存した申請が、申請としてなお効力を持続しているものとみてよい。買収計画を異議によつて一たん取消した後の再度の買収計画である点を違法とする原告の主張は採用できない。

三、上記買収申請人等がいずれも今次の農地改革に当り、別紙買収申請人解放農地表記載の通りの農地の売渡を受けたものであることは当事者間に争がない。

そこで、右各買収申請人に本件各宅地の賃借権があつたか否かをみよう。

右各買収申請人が、その関係宅地につき、いずれも従前賃借権を有していたことは原告等もみとめるところであり、本件では昭和二三年一月以降の賃料不払によつて、その賃貸借契約が解除されたか否かが問題とされているのである。そして、右賃貸借の解除の意思表示が、原告等の昭和二四年五月三〇日付、翌日買収申請人等到達の書面を以てせられたことは、被告も明らかに争わない。

ところで成立に争のない乙第一ないし第六号証に、弁論の全趣旨を総合すれば、本件宅地の賃料はもと、物納であつたのが米の供出制度が行われるようになつてから金納となり、地代家賃統制令により、その賃料の統制額は一ケ月一坪七銭とされていたのを、昭和二十二、三年頃本件宅地所在地方の地主(賃貸人)と借地人とが、代表を出して協議の上、地主側の要望を容れて、一ケ月一坪一〇銭と協定し、そのかわり、その後の値上は借地人と協議して行い、地主からの一方的な値上はしないことを約し、その協定はその頃から実行せられ、本件原告等および買収申請人等もこれに従つたものであること、その後昭和二三年一〇月九日の物価庁告示第一、〇一二号によつて、地代統制額の値上がなされたについて、原告等は、本件宅地の地代を一ケ月一坪五〇銭程度に値上することを希望したが、前記協定の故にか買収申請人等に対し、一方的な意思表示によつて値上をもとめた事実もなく、また双方の協定で値上せられたこともなく昭和二三年を終り、年末頃右一坪一〇銭の割合による賃料を提供した右買収申請人等に対しても、値上の点がきまつてからにするということで受取らず、右買収申請人等も、値上の交渉を待機してそのままにしていたもので、右一坪一〇銭の賃料についていえば買収申請人の方にその支払を拒否する意思はまつたくなかつたことをみることができる。そうすれば、上記書面による賃貸借契約解除の意思表示は、債借人に債務不履行の責を帰すべき事実関係がなかつた点からもまた相当の期間を定めた履行の催告がなかつた点(この点は原告等の主張自体から明らかである)からも、その効力を生ずるに由がない。

従つて本件宅地については、前記買収計画当時、買収申請人等になお賃借権が存したものといわねばならないわけで、原告等のこの点の主張は採用できない。

四、本件各買収申請人の解放農地が別紙買収申請人解放農地表記載の通りであることは前記の通りであつて右事実に成立に争いのない乙第五、六号証及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、川畠宇之松は全部で農地約六反を耕作し、内三筆で合計二反六畝二四歩の解放を受けたものであり、中小路治平は全部で約一町九畝を耕作し、内八筆で合計九反二〇歩の解放を受け、馬場留吉は全部で約一町を耕作し、内八筆合計七反七畝一歩を解放せられたものであることが認められる。

(一)  そして本件各宅地はいずれも国鉄東海道線茨木駅西北方約二〇町の茨木市大字上穂積の農村部落内にあり、

(1)  川畠宇之松の買収申請に係る1の宅地は、これにその北方において接続する約五〇坪の土地と共に、同人が同人居住家屋の敷地として使用しているもので、その北側の地上に住家、本件地上に納屋(瓦葺平家中二階建、建坪約一二坪)を建設しており、その納屋中西方の一部には六畳の居室を作つて、ここに同人の娘婿である山脇嘉一夫婦を居住させているが、残りの部分には農具藁等を入れて農業経営用に使用しているものであり、

(2)  中小路治平の買収申請に係る2の宅地は、これにその西方及び南方において接続する同人所有の宅地と共に、同人がその居住家屋の敷地として使用しているもので、その西側の地上に住家、本件地上及び南側の地上に納屋様の建物各一棟(いずれも木造瓦葺平家中二階建)が建設せられていて、本件土地はその南端において南側地上の納屋にかかり、本件地上の納屋との間に幅約二間の住家への通路があり、この通路等の部分も含むものであるが、その大部分は本件地上の納屋の敷地となつていて、右納屋の中二階には農具類、藁等が収められ、また階下北側の一部は六畳敷の物入れとせられているが、その他の部分には精米機、製粉機各一台が備えられて精米製粉用に使用せられており、

(3)  馬場留吉の買収申請に係る3の宅地は、これにその北方及び西方において接続する土地と共に、同人がその居住家屋の敷地としているもので、その北側の地上に住家及び納屋を建設し、本件地上には木造亜鉛鋼板葺平家建、建坪二〇坪の家屋を建設しており、右建物は西向きで南北に細長く、南北八間東西二間半の大きさで、北より居宅、納屋、居宅、便所物入の四部分に分れており、北部の居宅部分は他に賃貸し、南部の居宅部分には留吉の実弟実を居住させており、納屋の部分は農具、莚、藁、肥料等の置場として使用せられているものであつて、

右事実は検証の結果に本件口頭弁論の全趣旨を総合してこれを認めることができる。

(二)(1)  また成立に争いのない甲第四、第一三、第一五号証に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、川畠宇之松家は同人夫婦、長男一男夫婦及びその子一人の世帯員であり、宇之松夫婦は相当の高齢であるが、本件宅地の買収計画当時において、宇之松及び一男夫婦は前認定の耕作地約六反を、娘婿山脇嘉一夫婦等の手つだいを受けつつ耕作する外、宇之松は竹籠の行商をしまた一男は昭和二二年の頃から農繁期以外は線路工夫として京阪神急行電鉄正雀駅保線課で働いているもので、宇之松は昭和二三年度の事業税として、農業収益に対するもの八六四円、竹籠行商に対するもの二五一八円の賦課を受けたものであることが認められ、

(2)  また成立に争いのない甲第六号証、同じく成立に争いのない乙第五号証の一部、検証の結果及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、中小路治平は前認定のように合計約一町九畝の農地を耕作するものであるが、なお相当の以前から本件地上の建物を使用して精米、精麦、製粉の事業を営んでおり、昭和二三年度の事業税としては、農業収益に対するものは八〇〇円であるのに、精米製粉所得に対するものは一一、五二〇円の賦課を受けているものであることを認めるに足るのであり、

(3)  また成立に争いのない甲第七、八号証、第一〇、一一、一二、一五号証に同様成立に争いのない乙第六号証の一部を総合すれば、馬場留吉は前認定の農地を耕作する外、なお相当の以前から、営業用の電話を持ち、大型貨物自動車一台、荷馬車一台を所有し、貨物運送業を営んでいるものであつて、昭和二三年度の事業税として、農業収益に対するものは五九八円であるのに、運送業収益に対するものとしては三四五〇円の賦課を受けているものであることが認められる。

五、右認定事実のもとに本件宅地の買収が相当であるか否かを考えてみよう。

(一)  まず原告等は自作法第一五条による買収の対象となる宅地は、解放農地に附随し、主として解放農地の用に供せられるものでなければならないと主張する。しかし、右第一五条所定の宅地建物の買収は農地買収に附帯して行われる買収であるから、その対象とせられる宅地建物が、解放農地の農業経営に必要なものであることは、その必須の要件であるが、同条第一項第一号と第二号とが、農業用施設等と宅地建物とにつき、その買収要件を異にしている点から考え、宅地建物が解放農地に附随し、主としてその農地の利用に供せられるものであることはこれを要しないものと解するのを相当とする。

(二)  川畠宇之松の買収申請に係る宅地についてみよう。

農家における農耕の季節的繁閑や潜在的失業人口の流入ないし停滞の傾向から考えて、農家がそこから生ずる余剰労働力をもつて副業的収入をはかることは、比較的経営規模の小さいわが国の農家として多かれ少なかれ通常生じているところであつて、その副業的収入が時に農業収入に比して顕著な割合を示すとしても、これをもつて農業に精進する健全な独立農家としての性格を失うものとすることはできない。川畠宇之松の上記竹籠行商も、それ自体として農家の余剰労働力利用としてむしろ恰好なものと思えるほか本件買収計画当時においてはさして活溌に行商していたようでもないし、上記事業税の賦課額も必ずしも農業に従たる副業的性格を否定するほどのものとは考えられない。また川畠一男の線路工夫も農家の余剰労働力の利用としてはまことに自然なものであり上記甲第一三号証によれば、臨時日雇人夫にすぎず、その稼働は農繁期はもとより、その他の時期にあつても、日雇的に割合に自由な出勤をしていたことがみとめられるので、これも宇之松一家の農家たる前記性格に影響を与えるものというべきではない。そして、宇之松の前記耕作反別六反歩は大防府下における農業の適正規模として狭少ということはできない。

そうすると、川畠宇之松は本件宅地をその居住する住家の屋敷の一劃として、地上に納屋を建設し、一部を居室に、他を農具等の収容に使用し、前記解放農地の農業経営をしているのであり、その解放農地も全耕作反別のほぼ半分に近い相当の部分をなくしているのであるから、同人の本件宅地利用は、右解放農地の農業経営に必要なものということができ、同人のため、右農地の解放に附帯して、自作法第一五条により、本件宅地の買収をするのは相当たるを失わないというべきである。

(三)  中小路治平、馬場留吉の買収申請に係る宅地については、右と趣を異にする。

中小路の精米、精麦、製粉の事業、馬場の貸物運送業は、その業種および規模からみて、同人等の職業として、農業に対する比重は圧倒的であつて、単なる余剰労働力の利用としての副業の域を超えているものといわねばならない。そして、本件宅地の解放農地の農業経営への使用は、ほんの僅かの部分にしかすきず、他の用途のための使用がその大部分であるものと考えられる。そうすれば右僅かの使用の故に前記農地の解放に附帯して本件宅地を解放することは、附帯買収の性質から考え到底これを相当と認めることはできないものといわなければならない。

六、なお、原告等は買収の対価の不当を、買収計画取消の事由として主張する。しかし対価に対する不服は自作法第一四条所定の対価増額の訴によるべきで、買収計画取消の事由としてはその主張を許さないものと解するのを相当とするので、原告等の右主張は、対価の当否を検討するまでもなく、これを採用するの限りではない。

七、そうすれば、別紙物件表記載の宅地の中、中小路治平、馬場留吉の買収申請に係る2、3の宅地についての買収計画が違法であることは明らかであるから、その取消をもとめる原告等の請求をみとめることとし、川畠宇之松の買収申請に係る1の宅地についての買収計画は適法といわねばならないから、その取消をもとめる原告川上孝助の請求は失当として棄却することとする。

そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

(別紙省略)

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